もし官兵衛が毛利と講和せず、高松城を攻め続けていたら?
この話の背景を読む
この武将はどんな人?
黒田官兵衛(くろだ・かんべえ)は、秀吉の中国攻めを軍略や交渉の面から支えた人物です。備中高松城の戦いでも秀吉を補佐し、本能寺の変の後には毛利方との和睦を勧めたとされています。高松城と毛利の救援軍を前に、どのように西国の戦いを収めて東へ向かうかが重要な局面となりました。
この場面で何が起きていた?
備中高松城を囲む秀吉軍の背後には、毛利の救援軍が対陣していました。本能寺の変の報が届き、東へ戻る必要が生じましたが、高松城はまだ降伏しておらず、毛利との戦いも収まっていません。
史実ではこうだった
もしここが変わったら?
もし官兵衛が毛利との早期講和ではなく、高松城への攻囲継続を秀吉に進言していたら、東へ向かう時機、毛利との交渉条件、そして官兵衛自身の立場はどう変わっていたでしょうか。
崩れた和議――官兵衛、高松を残して東へ
夜更け、秀吉の陣へ明智光秀謀反の報が届いた。
本能寺で信長が討たれた。
羽柴秀吉はしばらく声を出さなかった。
黒田官兵衛(くろだ・かんべえ)も、届いた報せを見つめていた。
やがて秀吉が言った。
「毛利との話はどうする」
高松城では、清水宗治(しみず・むねはる)がまだ籠城している。
毛利との和議も、あと一歩まで来ていた。
官兵衛は答えた。
「ここで急いで話をまとめれば、こちらに事情があると悟られます」
「ではどうする」
「明日まで攻めを続けます」
秀吉が官兵衛を見た。
「高松を取るのか」
「はい。城が開けば、そのうえで毛利と話をまとめます」
秀吉はしばらく黙った。
「一日だ」
「はっ」
翌日も高松城への攻囲は続いた。
夜明けとともに鉄砲が鳴った。
堤の上では足軽が交代し、城へ向けて声を張った。
「降れば命は助ける。門を開けよ」
返事はなかった。
水の中に立つ城から、ときおり銃声だけが返ってくる。
昼を過ぎても白旗は上がらない。
秀吉は何度か使いを官兵衛のもとへ走らせた。
「まだか」
そのたびに官兵衛は城を見た。
「もう少しです」
西の毛利陣でも騎馬が行き来していた。
家臣が言った。
「毛利が動いております」
「まだよい。高松を見る」
官兵衛は堤を下りなかった。
だが城門は開かなかった。
清水宗治も降りなかった。
日が傾き始めたころ、毛利方から使者が来た。
使者は秀吉と官兵衛の前で頭を下げた。
「昨日までの条件について、改めてお話がございます」
官兵衛が尋ねた。
「何が変わった」
使者は顔を上げた。
「織田信長公が、京で討たれたという話を聞きました」
陣幕の中が静まった。
秀吉の目が官兵衛へ向く。
使者は続けた。
「昨日と今日では、事情が違います。これまでの条件のまま和議を結ぶことはできませぬ」
「高松は」
「清水宗治は、なお城におります」
使者が帰ると、秀吉はしばらく何も言わなかった。
官兵衛が頭を下げた。
「私の読み違いにございます」
秀吉は高松城の方角を見た。
「取れると思った城じゃ」
「はい」
秀吉はもう一度、閉じたままの城を見た。
「惜しいが、仕方あるまい」
官兵衛が顔を上げた。
「東へお戻りください」
「和議なしでか」
「ここに残れば、光秀へ時を渡します」
秀吉は近習を呼んだ。
「陣を払う。東へ戻る」
命が伝わると、羽柴勢はすぐに動き始めた。
荷駄がまとめられ、馬が引き出される。
攻囲のために置かれていた兵も持ち場を離れた。
そこへ物見が駆け込んできた。
「毛利方の騎馬が動いております」
官兵衛が振り返った。
「どこだ」
「高松の西です。こちらの陣払いを見ております」
官兵衛は東へ続く兵の列を見た。
「兵を残せ。毛利が動けば知らせよ。追ってくるなら食い止めろ」
家臣が尋ねた。
「どれほど残します」
「後ろを支えられるだけ残せ」
命を受けた兵たちが、東へ向かう列から離れていった。
官兵衛は最後に高松城を振り返った。
閉じた城門の上で、清水宗治の旗がまだ風に揺れていた。
高松城の西では、毛利方の騎馬がこちらの動きを窺っている。
官兵衛は馬を走らせ、東へ続く列を追った。
後方には、毛利の動きを見張る兵が残された。
史実との差分
史実では、本能寺の変を知った羽柴秀吉は毛利方との講和を急いで成立させ、清水宗治(しみず・むねはる)の切腹と備中高松城の開城を経て東へ転進した。本作の世界線では、官兵衛が毛利方に秀吉の焦りを悟らせまいとして高松城への攻囲を一日継続する。その間に毛利方にも信長の死が伝わり、和議は崩れ、清水宗治は生きたまま高松城に残る。秀吉は城を取れず、毛利との和議もない状態で、追撃に備える兵を後方へ残して東への撤退を始める。
読者ノート
官兵衛が求めた「あと一日」が、この世界線の分岐です。高松城を取ってから毛利と話をまとめるつもりが、その一日の間に毛利方へ信長の死が伝わり、城も和議も得られなくなります。官兵衛は自ら読み違いを認め、高松を捨てて東へ戻るよう進言しますが、羽柴勢の背後には毛利方の騎馬が残ります。
参考資料
- 備中高松城跡(岡山県古代吉備文化財センター/岡山県公式サイト)
備中高松城包囲と本能寺の変後の和睦を扱う文化財解説。
- 天下統一への道(岡山県古代吉備文化財センター/岡山県公式サイト)
備中高松をめぐる羽柴・毛利・宇喜多の関係を扱う歴史解説。
- ほらの達人 秀吉・「中国大返し」考(服部英雄/九州大学学術情報リポジトリ、2015年公開)
本能寺の変後の情報伝達と史料解釈を扱う学術研究資料。