もし元親が毛利へ連携を求める使者を送っていたら?

この話の背景を読む

この武将はどんな人?

明智光秀は織田信長の重臣として、斎藤利三(さいとう・としみつ)や石谷頼辰につながる取次経路を通じ、長宗我部元親(ちょうそかべ・もとちか)との交渉に関わりました。取次は意向を運び、説得や進言を担いますが、信長や元親に代わって最終方針を決める立場ではありません。

この場面で何が起きていた?

信長は長宗我部元親(ちょうそかべ・もとちか)に対する四国政策を厳しくし、三男・信孝を総大将とする四国攻めの準備を進めました。元親は天正10年5月21日付の書状で、一部の城から退く一方、海部・大西の保持を望み、謀反の意図を否定して戦いを避けたい考えを取次へ伝えています。しかし、渡海準備は目前に迫っていました。

史実ではこうだった

天正10年、織田信長は長宗我部元親(ちょうそかべ・もとちか)に対する方針を厳しくし、三男・信孝を総大将とする四国攻めの準備を進めていました。明智光秀は、斎藤利三(さいとう・としみつ)や石谷頼辰へつながる取次経路を通じて、長宗我部側との交渉に関わっていました。 5月21日付の書状で、元親は一部の城から退く意向を示しながら、海部・大西の保持を求め、謀反の意図はなく戦いを避けたいと伝えました。それでも織田方の軍は集まり、5月29日には信孝が住吉に着陣し、6月2日の渡海が予定されていました。 一方、毛利氏は備中高松城をめぐって織田方と対峙していました。共通の敵がいても、伊予や瀬戸内をめぐる利害まで一致するとは限りません。元親に残された時間が少なくなるところから、このIFは始まります。

もしここが変わったら?

もし元親が、織田との交渉の返答を待つだけでなく、毛利氏へ情報交換と協議を求める使者を送ったら。使者は届くのか、毛利家中は限られた時間で何を検討できるのか、そして取次の光秀と利三は不確かな情報をどう扱うのでしょうか。

今回の視点俯瞰視点

返事のない海へ――元親、使者に明日を託す

「待つか、送るか」 長宗我部元親(ちょうそかべ・もとちか)は、五月二十一日付の書状の控えに指を置いた。一部の城から兵を退く意向を示した。海部と大西だけは残したい。謀反の心はなく、戦も避けたい。削れるものを削って、ようやく取次へ届けた言葉だった。だが、その返事を待つ間にも、織田方の支度は進んでいる。 「住吉には、なお人馬が集まっているとのこと」 家臣の報告に、元親の指先が止まった。戦えば、守りたかった土地に火が入る。さらに退けば、元親は脅されるたびに土佐へ縮む男だと見られる。従う者たちの顔が浮かんだ。戦を避けたいという言葉は本心だった。家臣の子も、田畑に戻った兵も、海を渡る軍勢に踏みにじらせたくない。だが、何もせず奪われる姿も見せられなかった。 「取次からの返書を待ちますか」 「待つだけでは、向こうの支度の方が早い」 元親は控えを伏せた。織田への言葉を引き戻すつもりはない。その一方で、返事が来なかった時の道も要る。目を向けたのは、備中で織田方と向き合う毛利だった。共に戦えと叫べば、毛利は四国の都合を押しつけられたと身構えるだろう。かといって弱々しく頼めば、土佐の窮状だけが先に広まる。毛利へ文を送ったと織田に知れれば、五月二十一日の譲歩さえ偽りと受け取られるかもしれない。それでも、ただ息を潜める道は選べなかった。どちらへ転んでも危うい賭けだった。 呼ばれた使者は、元親の前で膝をついた。 「毛利へ、何を願えばよろしいでしょう」 「知ったことを伝え合えるか。話を始められるか。その二つだ」
元親は使者をまっすぐ見た。 「大きく言うな。約束を持ち帰ろうとするな。わしの言葉より先へ出るな」 使者は深く頭を下げた。頼りないほど細い願いだった。それでも、織田からの返事だけに明日を預けるよりはよい。元親は封を自分の手で確かめた。手を離した瞬間、使者の懐へ文が消えた。もう呼び戻せば、迷いまで人に見せることになる。 使者がどの道をたどり、いくつの手を借りたか、元親には分からない。止められたのか、先へ進めたのかも届かない。海の向こうを思うたび、胸に浮かぶのは援けではなく、織田にも毛利にも疑われる己の姿だった。それでも使者は進み、やがて毛利方につながる一人の仲介者の前へ文を差し出した。 仲介者は封を解き、短い願いに目を走らせた。 「毛利の返事をいただけますか」 「ここで答えれば、毛利の答えではなく、わしの答えになる」 仲介者は文を包み直した。賛成も反対も書き添えない。抱えたまま立ち上がり、上位へ渡すため奥へ向かった。使者は追えず、その背を見送った。打診は入口を越えたが、返す言葉はまだ誰の口にもなかった。 同じ頃、元親の前には新しい報告が積まれていた。廊下で足音がするたび顔を上げる。入ってきた家臣が告げたのは、また織田方の支度だった。元親は「そうか」とだけ答え、使者へ渡した文の控えを伏せた。遠くでは、その文書が次の手へ渡っていた。元親は何も知らぬまま、次の足音に耳を澄ませた。

史実との差分

5月21日付書状後に元親が限定的な使者を送り、匿名の仲介経路へ届いた打診文が毛利方の上位へ回付される流れは本作の創作です。正式な合意や回答には進んでいません。

読者ノート

遠隔交渉では、使者の派遣、相手方の受領、上位への回付、家中の協議、対外回答は別々の段階です。一つの文書が届いても、それだけで全ての権限が動くわけではありません。

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